木造住宅の耐震基準はどのように作られたのか

日本の伝統的建築工法と言える木造建築は、1000年以上の歴史がありますが、構造安全性に関する客観的な基準が出来たのは100年ほど前のことです。

今日は、木造建築の耐震基準の変遷をお伝えします。

構造上の技術的基準のようなものが生まれたのは、1891年(明治24年)におこった濃尾地震がきっかけでした。この地震はマグニチュード8.0という大きな地震でした。
家屋の被害は22万棟を超え死者は7,273人に及びました。
直下型地震としては史上最大の地震と言われています。

この時の被害状況から、筋交いの設置など耐震性能を向上するための指針を明記した「木造耐震家屋構造要領」が生まれました。

その後1920年に「市街地建築物法」が施行され、現在の「建築基準法」の前身となる法令が整備されました。その中で構造上の基準は次のように規定されています。

  • 木材に防腐措置を行う
  • 継ぎ手や仕口にはボルトなどの金物を用いる
  • 柱の下には土台を設ける
  • 土台や敷桁の隅には火打を取り付ける
  • 柱の小径が決められた
  • 柱の切り欠きの補強方法
  • 3階建ての建物には筋交いを設置する
  • 基礎の厚さが決められ柱との緊結を行う

と、現在の木造基準の原型が出来ましたが、その3年後におきた関東大震災により「市街地建築物法」は改正され、更に構造安全性を強化することになりました。具体的に柱の小径を大きくすることと、筋交いの設置が義務付け(3階建ての場合)となりました。

戦後、1950年に市街地建築物法は全面的に改正され「建築基準法」となります。そしてその2年前におこった福井地震の被害状況から、さらに構造規定が強化されて筋交いの必要量が規定されます。つまり壁量の規定という現在の構造基準が生まれました。

その後、1964年の新潟地震、1968年の十勝沖地震と大きな被害に見舞われ、1971年(昭和46年)には大きな構造基準の改正が行われます。最も大きな改正が基礎を鉄筋コンクリートとすることでした。それまでは、基礎のコンクリートは無筋でもよかったわけです。

そして1978年の宮城沖地震をきっかけに更に構造基準は見直され、1981年(昭和56年)の新耐震基準が生まれたわけです。

建築物の構造安全性能を表現するいわゆる「新耐震」時代がスタートしました。
その後も構造基準の見直しは続き、1987年には柱・土台と基礎をアンカーボルトで緊結することが規定されます。そして1995年(平成7年)の阪神淡路大震災の教訓から、2000年(平成12年)に建築基準法が改正されて

  • 耐力壁の釣り合いを良くする配置の規定
  • 柱、梁、土台、筋交いなどの仕口の緊結規定
  • 基礎の配筋規定

が新たに強化されました。

こうして現在の安全性が高い建築物、木造住宅が造られるようになったのです。

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